心の寒さを感じずにいられないニュースをよく見聞きします。
4月には、イラク人質事件に関して「弱いものいじめの国・日本」というタイトルで記事を書きました。そこでも書いたことを繰り返します。
「まるではやりもののように人をいじめてしまう危険な世の中です。思考を少しでも働かせることができれば、こんなおろかなことができるはずがありません。」
さらに理解を深めるために、「いじめと『無価値感』」も読んでいただければ幸いです。
小学生が被害者と加害者になった殺人事件にしかり、高校野球で甲子園にも出場したことがある学校のことでもしかり、興味本位でしか物事を見ることのできない人には、ほんとうにうんざりさせられます。
物事を木にたとえれば、「本質」が幹であり、それ以外は枝葉(えだは)です。「枝葉末節(しようまっせつ)」ということばのとおり、本質を見ずに枝葉ばかりこだわっていては、物事はよい方向に進みません。
いま、この世の中は枯れかかった木のようです。この木をよみがえらせるにはどうしたらいいでしょうか。
私なら、まず木に対して水と肥料を与えます。
良質な水と肥料を木に与えれば、その木はよみがえります。何年も咲かなかった花が咲くでしょう。その花をめでながら、木のもとで宴(うたげ)を開くでしょう。
「良質な水と肥料」は、いったいどこにあるでしょう。
それは、みんなの心にあります。
枝葉にしかこだわれないのも、みんなの心のなかにあるひとつのパターンです。それはカードの表と裏のように、一体になっています。
暗くてじめじめした世の中から、明るくてさわやかな世の中に変えるには、みんなの心にあるカードの裏を表にひっくり返すことが求められます。
古代の人は、火や刃物など、さまざまなものごとを獲得しました。
これらは、上手に使えば料理が作れたり、衣服を作れたりするなど、多くの恩恵をもたらします。しかし使い方を間違えれば、命を奪う恐ろしい魔物になってしまいます。
現代の人は、インターネットという、それこそ火や刃物の獲得と同じくらい人類史に残る大きなものを獲得しました。
古代の人が火や刃物の使い方にとまどったように、現代の人はインターネットの使い方にとまどっているのではないでしょうか。
上に書いた文章を現代に変えてみます。
現代の人は、インターネットというものを獲得しました。
これは、上手に使えば自ら情報の送り手となったり、世界中の情報をその場で瞬時にとらえることができたりするなど、多くの恩恵をもたらします。しかし使い方を間違えれば、命を奪う恐ろしい魔物になってしまいます。
すんなり変えることができました。
火や刃物の使い方と同様に、インターネットの使い方、情報との接し方をみんなが学び、体験し、よりよいものに変えていくことが急がれます。
情報はすべてが真実ではない。かといって、すべてがうそでもない。それを見極めることが、現代を生きる人に共通の課題です。
こうして、私も情報を発信する人間ですが、発信するからには、できうるかぎりその情報は真実に近づけることが求められます。もちろん、完全な真実というものは存在しえないでしょう。真実でないことを、あたかも真実のように見せかける、それはやってはいけないことです。人の道に反します。
人にしてもらってうれしいことは、他の人にもしてあげましょう。いやだと感じたことは、他の人にしないように気をつけましょう。
基本は、ごく簡単なこと。自分の身に置き換えて考えれば、答えはすぐ見つかります。
【きょうの波模様】
6月3日 晴れ時々曇り 「べたなぎ」
さわやかな一日。あまりのすがすがしい天気にウォーキングを楽しむ気になった。ふだん自転車や車を使うところへ歩いて出かけてみたら、心地よい疲れを感じた。
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